エルエル

自分のやりたいこと、気になること、覚えておきたいことを、人にも楽しんでもらえるように書いています。

モノづくりは自分のダサさを認めるところから

映像をやっていると言うと
「カッコイイですね!」
と言われることがある

そう、映像ってカッコいいよね
私もカッコいいからやりたくなったんだ

けど、カッコいいものを作るのには
技術が必要で

未熟な時は、ダセーものを完成させて
技術を高めるしかなく

この作業がとてもつらい
カッコいいものを作るために
ダサいものしか作れない自分と向き合わなければならない

 

www.youtube.com

誰かを許せたり 大切な人を守れたり
いまだ何一つ サマになっていやしない
相変わらず あの日のダメな ぼく

ずっと探していた 理想の自分って
もうちょっとカッコよかったけれど
ぼくが歩いてきた 日々と道のりを
ほんとは"ジブン"っていうらしい

 非常に月並みですが、
スガシカオさんのprogressが「まさに!」

 

世界中にあふれているため息と
君とぼくの甘酸っぱい挫折に捧ぐ・・・
"あと一歩だけ、前に 進もう"

 

この歌の偉大なところは、
歌いっぱなしじゃなく
「あと一歩だけ、前に 進もう」
って言ってくれてるとこ

 

「世界中にあふれているため息」という
ダサいものも、なじみ深いし

どんなに心折れても、
オリンピック選手でも大統領でもない
私程度の取り組みでは「甘酸っぱい挫折」レベル

 

「こんな小さいことで」と思えるのは勇気にもなるし
小さくても取り組んでいる自分はいじらしい

がんばろー

シェアハウス=インドだから寛容になる

シェアハウスに住んで1年近くなる

 

・イライラすることが減った

・イライラが収まるのが早くなった

 

という意味で寛容になったと思う

 

でも、それは

・人間的に成長した

・アンガーマネジメントが上手くなった

とかではない

 

これは慣れだと思う

 

環境ってすごいなと感じてるんだけど、毎日起こることは慣れる

 

ちなみに言っておくと、私の住んでいるシェアハウスで問題児がいるわけではない

 

でも、微妙なすれ違いでイラッとすることはある

イラッとするのにも

イラッとする小さな自分にも嫌気が差す

 

しかし、それにも慣れる

 

「お互い様」「諦め」「仕方ない」とかの気持ちもあるけど、そう言ってしまうとなんか違うのだ

 

例えるならインド(行ったことないけど)

おのおのが好き勝手していて、それによるちょっとした迷惑もあるけど

それを自然に流せるようになった

 

フリーランスになったライターさんがラジオで

「自分を怒る上司がいなくなったからか、怒りっぽくなった」

と言っていたのだけど

 

人間は環境によって怒りっぽくなったり、寛容になるんだなと感じている

 

シェアハウスは今7人で暮らしている

 

「7人って、一般家庭より人数多いね」と言われてビックリしたのだが

 

私は今大家族を疑似体験してるのかもしれない

 

姉と4人で暮らしていた時も、洗面台を取り合ってイライラしてたから、わかりませんけど笑

 

あと年齢もありそうだ

ブログがおススメな理由①発信ツールになるから

ブログをやっていると、
「ブログって本当いいな…」
「もっとみんな真剣にブログやらないかな…」
と思うことが多々あります

リアルで会っている人にも、
「ブログおすすめだよ!」と言ってしまう

その理由を書いてみました

発信ツールになる

巨神兵東京に現るという映画で
明日世界が滅びる、と知らされた女性が
「明日滅びるとかそういうの、いったいどうやっていうの?」
という言葉があるのですが
「発信をしたい!」という時に発信ツールが育っているか
というのはとても重要だと思います

「発信することなんて特にない!」という人も
いつ発信したいことが出来るかわかりません

「明日世界が滅びるらしい。伝えなくては!」と
なった時にブログを開設していては遅い。

読者登録が多ければ、見てくれる人が多ければ
そしてその人たちとの信頼関係が構築されていれば
話を聞いてくれる可能性が高まります

まあ世界滅びるのを伝える役にはならなくても
「こんないいもの知っちゃった!」
「このバンド応援したい!」
「イベントするから来て!」という時に
そういうツールがあれば
好きな人、ものの力になれます

誰かの力になりたい時
人の役に立ちたい時
資金力、技術など、何らかの力は必ず必要です

ブログは、ただの個人が毎日PCに向かい
コツコツと「発信力」をつけられる
馬鹿にできないツールだと思います


庵野特撮博物館・特別上映作品『巨神兵東京に現わる』が
入っているエヴァQはこちら

運命は勇者にささやいた、嵐には逆らえないと。勇者はささやき返した、わたしが嵐だと。

フィギュアスケートの羽生選手の快挙に対する
中国の解説者の方の言葉が美しすぎて
朝からブツブツ唱えてしまうのでまとめておきます。

中国国営の中国中央テレビ(CCTV)の女性解説者、陳◆(=さんずいに瑩)氏に至っては、羽生の快挙に自作の漢詩を贈った。 「容顔如玉、身姿如松、翩若●(=りっしんべんに京)鴻、宛若遊竜」

 その顔は玉石のごとく、その姿は松のごとく、飛ぶ姿はオオハクチョウのようで、まるで竜が遊んでいるよう-といった意味か。

 陳◆(=さんずいに瑩)氏はさらに、「運命は勇者にささやいた、嵐には逆らえないと。勇者はささやき返した、わたしが嵐だと」「羽生結弦はムチを使わずとも自ら走る選手だ」などと“文学的”な表現に終始。


引用元は以下です。

www.sankei.com

 

原文がもともとある漢詩なのかと思いきや自作・・・

それを引き出す羽生選手の演技もさすがです

怪我からの復帰、内と外からのプレッシャー、運命を
踊りながら切り開くその姿は勇者であり嵐

世界を巻き込む台風の目

完璧な詩だな・・・

運命は勇者にささやいた、嵐には逆らえないと。
勇者はささやき返した、わたしが嵐だと。

運命VS勇者の構図から、羽生くんがメインに視点が映る様は
さながらフィギュアの演技のスタートを思わせますね

これを受けて中国のファンも漢詩を自作しているそうなので
日本の大喜利文化みたいなものなのかな~

Twitterではすぐ
「日本の解説者も和歌引用しろ」「伝統を」とか
日本ディスるけど
その言葉と姿勢が美しありませんことよ

フィギュア界隈が尊すぎる
これからも人に希望を与える文化として頑張って欲しい

ブログに30点の記事をアップするといいこと

30点の記事はたとえばこういうの

arinotsubasa.hatenablog.com

 

何も書くことがなく
あ、そういえばお姉ちゃんのPCよかったな
て書いた記事笑

①毎日書ける

 

ブログの師匠の受け売りですが

30点の記事をアップ>毎日アップしない

ブログめんどくさいな…という時は
この言葉を思い出して書いていました

「今日の記事は大したことないけど
毎日書いてる私エライ!」
と思えてイイです

②意外な記事が評価される

 

ブログあるあるなのですが、
がんばった記事ほど読まれず
「なんでこれが?」ってのが読まれます

その種を蒔く感じ

③他人に余計な話をせずに済む

 

「別にまとめて記事にするほどじゃないけど
ちょっと言いたいな」ということを
30点の記事を書くことで消化し
リアルで話さなくても済むようにする

30点の話をリアルでするのか
ネットでするのかという話ですね

 

賢明なあなたはお気づきかもですが
これもなかなかに30点の記事です笑

でもこういうのも意外と愛されたり・・・するはず!

ブログを毎日書きたいなら、友だちに読んでもらおう

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ブログ1カ月継続しました!ヤッター!!
 
はてなブログではこよみモードというのがあり
カレンダーに埋まっていって楽しいです

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私がブログを毎日書けたのは
 
・友だちが「読んでるよ!」と言ってくれた
・友だちに「最近の記事面白い!」
「文章うまくなってる」とほめてくれた
 
というのがあります
めちゃくちゃでかいです
 
私は褒めてくれる友人が多い方だと思うので
そこは恵まれています
 
ブログが面倒な日も
「あの子に話すと思って」
と書けたり
 
自分のえらそーな口調にモヤっとした日も
「あの子に話すときもこう話す?」
と自問出来たり
 
友だちは、使える!!(最低かよ)
 
恥ずかしい人もいるかもですが
友だちに頼るのおすすめっす
 
私もこのブログをリアルな知り合いに見られたら恥ずかしいけど
これが私だからしかたない
 
ちなみにはてなブログのこよみモードには
「2月のあゆみ」などあり
昨年に書いた記事を表示してくれます

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私は本当に鳥頭なので、この時点で、
「昨年の2月18日に私って存在してたんだ…」
「ブログやってたんだ…」
という気持ちです
 
しかもこの記事めちゃくちゃいいやんけ!
そうそう宇宙兄弟でいってたよね!それそれ~!
なにこの人めっちゃ気合う~!書いたのだれだれ!?
 (基本的に私のブログは「戒め!!」って感じで書いてるので
過去の私の記事が自分に刺さります)
 
ある意味1年前と大して成長していないということですネ
精進しよう
 

旅行ばかりが旅ではない

私は大学生の頃、コスプレにハマっていて
他の学生に比べると、旅行に行ってなかった(ぽい)

大学時代だだハマりしたコスプレばっかして、ろくに遊ばない私に姉は
「かわいそう」
と言ったのだが
私は自分が旅行を謳歌していなくても
全然かわいそうじゃないと思った

まず、旅行をディスらせていただくと笑
私は正直「温泉に行こう!」と言われてもテンションが上がらない

正直、知らない土地に行き、なんやかやの旅館に泊まり
次の日観光・・・の何が面白いのかよくわからない
(行ったら楽しむ努力はするけれど)

海外旅行は何をしても新鮮なので、好きです


私から見ると、姉の趣味が「旅行」だとは思えず
(そこまで旅行に行く頻度も高くないので)

一般的な「豪華賞品=旅行」みたいな思考から
「かわいそう」と言ったのだと思うのだけど
そうだとすると、はっきり言って姉の方がかわいそうである

一般的な最高値とされる旅行を超えられる趣味を持てないなんて
かわいそうだなと

まあ姉は写真好きだったり日々を楽しんでいるので
趣味人ではないとは言わないけど

私みたいに大学の単位を取り損ねるほどコスプレにハマったり
前の会社では隙あらばスノボの練習をする人がいたり
寝食を忘れるレベルでハマれることがある人とない人では
きっと、「楽しい」というゲージの最大値が違う気がする

自分の中にある「やりたい!」という
強烈な欲求を目の当たりにしてしまうこと
「ええ、これめっちゃ楽しい!!!」
「うわーこんなこと出来ちゃった!!」という多幸感
それを仲間と分かち合えれば完璧

いままで行った旅行より、
コスプレの方が楽しかったなんてたくさんある
(まあそもそもそこまで旅行行ってませんが)

私はそこまで旅行好きじゃないし
旅行好きの人でも、旅先で写真を撮るのが好きな人
食べるのが好きな人、バックパッカーが好きな人と
いろいろで、その楽しさを明確に定義は出来ないけど

「旅行」が人類最大の幸せなんて
決めつけないで欲しい

「旅行」レベルに楽しいこと
経験値を得られること、
思い出になることは
この世に実は腐るほどあるぞ
知らないだけで
やったことないだけで

ちなみに私が今旅行するならホテルか旅館に籠りたい
あと同じ所にいるの苦手だし、
国内でも行ったことない場所たくさんだし
せっかく独身だから放浪生活したい~とか思う

あと英語習得のためにセブ島行こうかなとか

でも今やっている作品制作だって
パルクールだってダンスだって
転職活動だって
フリーランスのお仕事だって
すべて私にとっては旅だ

自分と向き合うこと
何かを研究すること
誰かの期待に応えようとすること

日常よりも楽しむぞ!と動いているとき
それは旅なのではないか

そう思う