トリビュートアルバムは青春の走馬灯

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アジアンカンフージェネレーションは私が高校生の時にハマっていたバンドだ。

 

私はラジオ(FM802)でアジカンの「君という花」を知った。

 

その頃出来た友人が音楽好きで、

2人でこのバンドがいい、この曲良くない?とよく言い合っていた。

アジカンは、ライブにもよく足を運んでいた。

 

はじめのうちは、好きなバンドは?と聞かれて

ASIAN KUNG-FU GENERATIONっていうバンドで

と説明していたのに、だんだん

ASIAN KUNG-FU GENERATIONが好きだ」というと

アジカンいいよね!」と返ってくるようになった。

 

何が言いたいかというと、

私はアジカンはブレイク前から好きで、

そのくらい思い入れのあるバンドだったのです。

 

でも、アルバム「ソルファ」あたりからだんだん聴かなくなってしまった。

 

あれだけ「アジカン!」「LIVEが生きがい!」と言っていた私は

どこ行ったのだろうと、我ながら不思議だった。

 

大人になってからは、どの音楽を聴いても、

アジカンみたいなもの」「BUMPみたいなもの」と

知っているバンドにどうしても当てはめて、

なかなか新しくハマれなくなってきた。

 

若い子の好きなバンドについていけなくなる、

ということってこういうことなんだなと思う。

 

そして最近アジカンのトリビュートアルバムが出た。

 

私のように、アジカンと青春を過ごした人たちが

たくさんいたんだ、

アジカンがずっと売れててよかった、

トリュビュートが出るくらいもう時間が経ったのか、

と感慨。

 

その歌を違うバンドが、若いバンドが、

私のようにアジカンのファンファンだった人が歌うこと。

 

私は切ない曲で、アジカンの「ブラックアウト」も

その一つだと思うのだけど、

それを知らないバンドに歌われて

「やめてくれ」というくらい切ない気持ちになった。

(嫌なんじゃなくて)

 

サイトでは「あの日携帯電話会社のCMで流れていた楽曲。

あの日から10年が経ち、今はより便利な時代に変わりました。」

と書かれていて、そういえばCMソングだったんだな、

とぼんやり時代を感じる。

 

私が青春を過ごした曲を

今青春真っ盛りのバンドが弾いたり

今誰かの青春を作っている歌手が歌ったり

 

それは私の記憶と差異がある。

その差異に「時間」「時代」を感じるのかもしれない。

 

走馬灯を見ているような心地になる。

(見たことないけど)

 

アジカンの曲を聴き直すよりも

ノスタルジーに誘われる。

 

映画でも音楽でも、古いものを再構築するのって

賭けな部分があると思うのだが、

アジカンのトリュビュートアルバムは、

昔大ファンだった私が聴いてもよかったので、

気になる方は食わず嫌いせずに、一度聴いてみてほしい。